徐福は、なぜ、東方の蓬莱山に向かったのか。神武天皇は、なぜ、東方のヤマトに向かったのか。

神武と徐福

松本 司 著

本書は、当時の日本列島の自然条件や考古学的な事実、さらに大陸の情勢を踏まえ、徐福一行の渡来の実現可能性を考察した上で、二つの仮説をたてることで、これら疑問をときあかしている。

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『神武と徐福』の表紙(玉璧の写真)

はじめに試し読み

はじめに

私が「神武」と「徐福」に関心を持ったのは、和歌山県の南紀熊野ジオパーク立ち上げのころだった。ジオパークは大地の公園という意味で、人が大地に触れその関わりと暮らしについて、人との交流を通じて考えることが大切。高知の室戸ジオパークでは、ガイドが空海を登場させ大地の隆起を説明していた。和歌山は、熊野が神武東征の経路になっており、大地との関わりがみつかるかと思い、『古事記』を読んだのがきっかけだった。読んで驚いた。

(中略)

さて、神武東征は、神武一行が南九州の日向ひむかから、安らかなクニを求めて東に向かう物語である。途中、大阪の難波から東の方にある生駒山の麓に進軍するが、そこで、登美とみの那賀須泥毘古ながすねびこ(以後ナガスネ)の急襲にあい、ジンムの兄の五瀬命いつせのみこと(以後イツセ)の手に矢があたり、イツセは「日に向かって戦うのは良くなかった。遠回りして、日を背にして敵を撃うとう。」と言い残し死ぬ。そして神武一行は南下し、熊野村(和歌山県新宮市)で霊剣を得て、八咫烏やたがらす(大きな烏)に道案内され、兄宇迦斯えうかしや土雲つちくも八十建やそたける(土着の数多くの勇者)を討伐し、最後にヤマトでナガスネと戦うことになる。

戦いのまえ、ナガスネはジンムに会見し、主あるじである饒速日命にぎはやひのみこと(以後ニギハヤヒ)が天神の子である表しるしとして、天あまの羽羽矢ははや(蛇の呪力を負った矢)と歩靫かちゆき(矢を背負う道具)を見せた。するとジンムもまた天の羽羽矢と歩靫をみせた。ナガスネはそれを見て、畏かしこまったが改心しなかった。主のニギハヤヒはナガスネを殺し、ジンムに帰順し神武東征は完了する。ジンムは橿原宮かしはらのみやで初代天皇に即位する。

この物語のなかでいくつか疑問を持った。

本書3〜5ページ「はじめに」より(松本 司)。(中略)の部分では『古事記』の一場面が引かれています。本書では神武天皇を「ジンム」と書いています。

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この本の問い

『古事記』の神武東征の物語を読んだ著者は、「この物語のなかでいくつか疑問を持った」と書きます。「はじめに」に挙げられた三つの疑問です。

  1. 疑問① イツセは、なぜ「日に向って戦うのは良くなかった」、と思ったのか

    神武一行は難波から東の方にある生駒山麓に船で進軍している。東に向かっているのだから朝方なら日に向かうのは当然。当時の大阪平野は現在のように開発されておらず、蛇行した川の周りに樹木が多く生えていただろうから、太陽の光が樹木に遮さえぎられ太陽は見えにくいはず。それなのに「日に向って戦うのは良くなかった」、と思うだろうか。なぜ、迂回しなければと思うほど強い印象を持ったのだろうか?

    「はじめに」(本書5ページ)より

  2. 疑問② 地図もないのに、なぜ熊野まで南下したのか

    当時、地図はない。今の時代でこそ地図があり、紀伊半島南東部の熊野をぐるりと回り、ヤマトに行き着けると考えても不思議ではないが、地理感もない土地で南に進みナガスネの背後に回れると思うのはどうかしている。敵の背後に回ることが目的なら、紀の川を上ればよい。また、紀伊水道を南下する途中に、東に向かういくつもの大きな川がある。熊野に行きたかったとしか思えない。(図44参照)

    「はじめに」(本書6ページ)より

  3. 疑問③ どうして、ジンムとナガスネは同じようなものを持っていたのか

    ジンムとナガスネが会見したとき、二人は知らない者どうしであった。どうして、その知らない者どうしが見て確認し合える(同じようなもの)矢と靫を二人が持っていたのか?

    「はじめに」(本書6ページ)より

これらの疑問を解く鍵は、徐福伝説が関係しているのではないかと思い調べた。

「はじめに」(本書6ページ)より

本書が加える「新たな疑問」

天孫降臨と神武東征の神話(第3章)、『史記』の徐巿の記述(第6章)から、本書はさらに五つの疑問を加え、第8章で疑問①~⑧を解釈していきます。

  1. ④平定した葦原中国(出雲)でなく、日向に降臨
  2. ⑤降臨直前に、オシホミミからニニギに交代
  3. ⑥どうして、伊勢に関係の深いサルタが南九州で待っていたか
  4. ⑦「東の方に行こう」といいながら、なぜ、逆方向に進んだか
  5. ⑧なぜ、始皇帝の死後、プロジェクトが実行されたか

疑問の見出しは本書の目次のとおり

二つの仮説

本書は第8章で、二つの仮説を立てます。「徐福一行が確かに来たという文字や遺物は今のところ発見されていない」(本書182ページ)なかで、『記紀』の神話と徐福伝説の関係を考えるための、著者の仮説です。

仮説1

プロジェクトの動機は過去の占いにあった

『史記』に「徐巿ら」とあることや、三,〇〇〇人以上という規模から、本書は、徐巿の背後にはお金と権力をもった人物がいたと考え、その人物を「Ⅹ」と呼びます。

斉の王となった田氏の祖先・陳完が生まれたとき、周の太史が占い、この子の子孫が陳ではなく別の国(斉)で王となると告げたことが、『史記』や『春秋左氏伝』に記されています。陳完は斉に逃れて名を田と改め、田氏は数世代後に斉の王になりました。

陳から見て斉は東方である。斉の東方は海で、当時、東方には蓬莱山があると信じられていた。Ⅹは斉の国が亡ぶにあたって、過去の占いを拡大的に信じ、先祖がしたことを、このプロジェクトでふたたび再現しようとしたのではなかろうか。

本書208ページより

第8章「仮説の設定」(本書206〜209ページ)

仮説2

天孫降臨神話と徐福伝説は関連づけられる

天孫降臨神話は徐福一行とともにやってきた斉の王族の子や随行者が南九州に渡来し、後の世に神話化されたものとする(天孫降臨神話と徐福伝説は関連づけられる)。ニニギは王族の子で、天児屋命らの五伴緒や思金神らは、その随行者である。そして、その王族の子は成人し、豪族の娘コノハナとの結婚で、南九州の王になった。

本書209ページより

第8章「仮説の設定」(本書209ページ)

本書は、この二つの仮説をもとに疑問①~⑧を読み解いていきます(疑問①については、「仮説1、2には関係ない」として、弥生時代の河内湖の地形から考察しています)。

本書が描く、徐福一行の渡海

第7章では、中国・日本・韓国の徐福伝説地と、船・航路・潮と風をもとに、渡海の実現可能性を検討します。本書は「徐福の時代においても、上手に季節風を利用できたなら大陸から日本列島への航海は十分可能である」(本書195ページ)とし、徐福一行の渡海を次のようにまとめています。

  1. 千童鎮(渤海)出発

    千人の童男童女が渡海の訓練をしていた千童鎮を、プロジェクトの出発地点と考えます。冬の強い北西季節風が吹く前に、船は寄港地へ出航しました。

  2. 膠州湾・琅邪湾・海州湾など寄港地

    各地で、新たに加わる良家の男女や百工を乗せ、五穀などの食糧も乗せます。

  3. 杭州湾集合地

    航海の案内役となる日本列島の海人族が各船に乗り、夏まで待ちます。

  4. 東シナ海三日~四日

    南西季節風を受けて渡ります。船団は少なくとも三〇隻以上。はぐれた船は南西風と対馬海流に流され、日本海側の丹後半島や青森に漂着しました。

  5. 有明海最初の目的地

    良家の男女や百工を下ろします。

  6. 南九州第二の目的地

    九州の西沿岸を南下しました。

  7. 伊勢湾へ最終目的地

    途中、熊野灘で嵐にあい遭難。熊野に漂着したものもいれば、八丈島に漂着したものもいました。

第7章「(4)徐福一行の渡海のまとめ」(本書202〜204ページ)の要約

表紙の玉璧

宮崎県串間市の王之山から出土したと伝えられている玉璧(直径33.3cm、前田育徳会:蔵・提供 西都原考古博物館:協力)、紀元前二世紀頃のものとされる。玉璧は中国の殷周時代から漢代まで王侯のしるしとされ、このように大きな璧は中国でも珍しい。

本書カバー「カバー画像(表表紙)」より

本書の第7章では、この璧が徐福伝説とのかかわりで取り上げられています。

王の山の璧は、「漢委奴国王」の金印(一世紀中ごろ)や「魏志倭人伝」に登場する卑弥呼(三世紀前半)の時代より前にもたらされていたとも考えられ、徐巿が童男童女の移住交渉のため南九州の豪族(王)に献上したものかもしれない。

第7章「徐福伝説」(本書186ページ)より

目次

  1. はじめに3ページ
  2. 第1章まずは大地の物語から18ページ
  3. 第2章弥生時代までの日本列島52ページ
  4. 第3章天孫降臨と神武東征94ページ
  5. 第4章古代の中国114ページ
  6. 第5章古代の朝鮮半島134ページ
  7. 第6章『史記』のなかの徐福150ページ
  8. 第7章徐福伝説176ページ
  9. 第8章仮説をたて疑問をとく206ページ
  10. あとがき228ページ
  11. この本を娘に捧げる232ページ
  12. 引用文献・参考文献一覧236ページ
  13. 図版出典一覧248ページ

本書の目次より、章の見出しとページ

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書誌情報

書名
神武と徐福
著者
松本 司
判型・ページ数
並製本・四六判・256ページ
定価
1,540円(本体1,400円+税)
発売日
2022年9月28日
発行日
2022年9月28日 初版第1刷
ISBN
978-4-434-30967-0
発行
ブイツーソリューション(発売:星雲社)

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