渋江保の民権思想

本の紹介

内容紹介

渋江保は渋江抽斎の実子で、森鴎外の史伝、『渋江抽斎』の情報提供者であるというのが一般的な評価である。しかし、渋江保は森鴎外への単なる情報提供者としてだけではなく、教育者、ジャーナリスト、著述家、自由民権家として日本の明治期に活躍した人物である。本書においては、渋江保の再評価を行い、自由民権家として渋江保を捉え直し、清末中国の留学生や革命家に大きな影響を及ぼした渋江保の代表作『万国戦史』に焦点を当て、その意義について論述した。

要旨

渋江保は、森鴎外の史伝、『渋江抽斎』の資料提供者であるというのが一般的な評価である。しかし、渋江保は森鴎外への単なる資料提供者としてだけではなく、教育者、ジャーナリスト、著述家、自由民権家として日本の明治期に活躍した人物である。

これまで渋江保についての評価は決して高くはない。特に清末中国の留学生や革命家に大きな影響を及ぼした『万国戦史』について誤った評価がなされている。特に以下の点である。

  1. 『万国戦史』の構成は戦史として失敗である。
  2. 『万国戦史』は戦史として企画されたが、戦闘に関する叙述は一部に留まっている。
  3. 渋江保は西洋史を戦史という枠組みの中へ収めるために腐心した。

この度、『渋江保の民権思想―戦史思想と万国戦史の意義―』を刊行するに当たり、『万国戦史』の誤った論調を正し、『万国戦史』の意義について述べた。

本書において渋江保の代表作、『万国戦史』について様々な観点から取り上げ、これまでの評価が誤りであることを指摘した。渋江は『万国戦史』を政治、外交、各国の歴史、国会の論戦、憲法の制定、国の分割滅亡や蚕食等多方面に渡って戦史を捉えて執筆した。

渋江は侵略者としての立場ではなく、弱者としての立場から戦史を執筆した。特に最も先駆的とも言える渋江保の最大の評価は、植民地政策反対の思想を『万国戦史』の編纂を通して唱えた点にあった。

中国語要旨を読む

涩江保是森鸥外写的史传《涩江抽斋》的素材提供的人物, 这一点被社会普遍所认可。然而,涩江保不仅是为森鸥外的素材提供的人物,还是日本明治时代的教育家、记者、作家和自由民权活动家。

直到现在,对涩江保的评价从来都不高。尤其是对晚清留日学生和革命家影响很大的《万国战史》更是被错误評価。尤其是:

  1. 《万国战史》, 这本书的结构作为战史是失败的。
  2. 《万国战史》, 这本书是一部战史,但关于战事的叙述仅限于一部分。
  3. 涩江保强行将西方历史纳入战史的框架。

出版《涩江保的民权思想-战史思想与万国战史的意义-》是为了更正《万国战史》的错误評価,说明《万国战史》的意义。

在这本书中从不同角度、观点来看涩江保的代表作品《万国战史》, 然后指出以往的错误的评价。

涩江保是将政治、外交、各国的历史、国会辩论、宪法制定、国家分裂与灭亡和瓜分别国领土等战争史的各个方面都记录下来,写下了《万国战史》。

涩江保不是从侵略者的立场,而是从弱者的立场来写战史的。

尤其是对涩江保高度的评价就是他通过编纂《万国战史》来提倡反对殖民地政策的思想。

本書の論点

「はしがき」で取り上げられている、渋江保と『万国戦史』へのこれまでの評価と、それに対する本書の考えです。「本書では」の欄は、本書の「要旨」「はしがき」「あとがき」の記述をまとめたものです。

論点一森鴎外への「資料提供者」にすぎないのか

これまでの評価

「渋江保は、森鴎外の史伝、『渋江抽斎』の資料提供者であるというのが一般的な評価である。」

本書「要旨」

本書の問い

「しかし、渋江は単に森鴎外に資料を提供しただけの人物であったのか。彼個人の評価はどうだったのか。」

本書「はしがき」

本書では

本書は、渋江保を森鴎外への単なる資料提供者ではなく、教育者、ジャーナリスト、著述家、自由民権家として明治期に活躍した人物として捉えます(要旨)。

そのうえで、清末中国の留学生や革命家に大きな影響を与えた『万国戦史』そのものに焦点を当て、自由民権家として渋江を再評価することを「究極の目的」としています(あとがき)。

論点二『万国戦史』は「構成の失敗」か

これまでの評価

「これは、明らかに著者の構成の失敗によるものであって、叙述の不均衡は蔽うべくもない。」

今井宏『明治日本とイギリス革命』(本書「はしがき」での引用)

「渋江は自らの意図した西洋史を「戦史」という枠組みの中へ収めるために腐心することになったと思われる。」

藤元直樹『渋江抽斎歿後の渋江家と帝国図書館』(本書「はしがき」での引用)

本書では

本書は「はしがき」で、これらの見解に対して、『万国戦史』は決して「著者の構成の失敗」や「「戦史」を逸脱していた」のではなく「渋江の考えた戦史スタイルであった」と述べます。

そして、『万国戦史』が戦闘史だけを羅列するのではなく、政治、外交、各国の歴史、国会の論戦、憲法の制定、国の分割滅亡や蚕食など、多方面にわたって戦史を捉えて執筆されたものだと論じます。さらに、批判的検証に基づく総合的視点に立って編纂されたものであり、これまでの論調は「渋江の戦史思想への無理解からきたもの」としています(あとがき)。

くわしくは本書 第六章

論点三漢訳されたのは「類書がなかったから」か

これまでの評価

「もっとも「万国戦史」中の渋江の著作が清国、朝鮮で多く翻訳されていたことは、特に渋江の著作が優れていたからではなく、類書がほとんど見られなかったことに起因すると見るべきであろう。」

藤元直樹『渋江抽斎歿後の渋江家と帝国図書館』(本書「はしがき」での引用)

本書の問い

「渋江の『万国戦史』は果たして本当に優れていなかったのか。」

本書「はしがき」

本書では

本書は、植民地獲得戦争や独立戦争、革命戦争などをテーマにした特定の万国戦史が漢訳され、同じ編数の『万国戦史』が複数の出版社から刊行されていること、清末に漢訳万国戦史が大衆演劇でもある京劇の演目の原作本として使われたこと、日本のデジタル化に先駆けて復刻マイクロ化された漢訳万国戦史もあることを挙げ、『万国戦史』が戦史として優れていないとは決して言えない、と述べています(あとがき)。

くわしくは本書 第六章 第三節

論点四渋江保の民権思想とは、いかなるものか

本書の問い

「福沢が後にアジアへの国権拡張や対清主戦論を標榜する中で、民権家としての渋江はどのような活動をしてきたのか、他の民権家との思想的差異はあったのか、渋江の民権思想とはいかなるものだったのか。」

本書「はしがき」

本書では

本書によれば、多くの民権家が民権運動後期に対清主戦論やアジアへの国権拡張を主張するなかで、渋江は植民地問題について深い理解をもっていました。渋江は『万国戦史』の編纂をとおして戦史思想を展開し、この問題を取り上げた「唯一の民権家」であったとしています(あとがき)。

また、渋江が函右日報紙上で、交詢社憲法草案に投影された天皇主権の憲法観をもつ恩師・福沢諭吉とは相容れない、立憲君主制に基づいた主権国会論を提唱したことも論じています(あとがき・第五章)。

くわしくは本書 第五章・第七章

論点五その精力は「徒費」されたのか

これまでの評価

「保さんの精力は徒費せられたといわざることを得ない。」

森鴎外『渋江抽斎』その一一二(本書「はしがき」での引用)

「京童は云ふ。幸福先生の著述一ヶ月凡そ五百頁に上るト。豈是れ区役所門前の代書人よりエラキと云はざるべけんや。」

内田魯庵『文学者となる法』で渋江保を評した一節(本書「はしがき」での引用)

「兜町に足を入れて大失敗をやり、今は落魄して牛込辺で英語の自宅教授をやってゐる」

宮武外骨『地獄耳』(本書「はしがき」での引用)

本書の問い

「渋江は貴重な人生の時間や労力を無駄に浪費しただけだったのか。」

本書「はしがき」

「こうした渋江を揶揄したような内田魯庵の評価や宮武外骨の渋江を見下したような評価は果たして信頼に値すべきなのか。」

本書「はしがき」

本書では

本書は、宮武外骨や内田魯庵の評価は誤りであるとし、渋江が教育関係書、戦史、評論、文学など多方面にわたって優れた著作を多数執筆したこと、静岡や三河の数多くの英学校や英語塾で地域の教育に尽力し、山路愛山や松本亀次郞ら時代を担う若者を数多く育てたことを挙げています(あとがき)。

くわしくは本書 第四章・第七章

論点六大学館時代の著作は「エログロ」だけか

これまでの評価

「エログロの度合いが高く、多くが未完結ということもあって、おすすめしかねる」

藤元直樹『渋江保の著作活動――博文館・大学館・三才社をめぐって』(本書「はしがき」での引用)

本書の問い

「大学館時代の著作に渋江の民主的思想に関わる著作はないのか。」

本書「はしがき」

本書では

本書は、大学館時代の著作には原作者や内容が判然としないものも多いとしながら、1905年(明治38年)に大学館から出版された『奇人の航海』で渋江が述べたことは、渋江の民権思想を考えるうえで非常に重要だとしています。あわせて、宇宙テーマのSFを次々と執筆した渋江は日本SF史上もう少し高い評価を受けるべきだとする、横田順彌の見解も紹介しています(あとがき・第七章)。

くわしくは本書 第七章

目次

  1. はしがき8

  2. 第一章幼少期の人格形成と漢学の師11

    1. 第一節明治期に漢学を学ぶ意義12
    2. 第二節渋江が学んだ漢学13
    3. 第三節私塾の師14
    4. 第四節渋江保、二つの異なる生年16
    5. 第五節史伝『渋江抽斎』、『独立評論』、『抽斎歿後』に見る渋江保年齢詐称事項17
  3. 第二章共立学舎での学びと民権思想の萌芽33

    1. 第一節共立学舎について34
    2. 第二節共立学舎の塾生34
    3. 第三節渋江の民権思想の確立と共立学舎36
    4. 第四節共立学舎での英学修行とカッケンボスの『米国史』37
  4. 第三章慶応義塾関係者との交友と宝飯中学校赴任の経緯41

    1. 第一節慶応義塾での交友と交詢社42
    2. 第二節渋江保の民権思想と宝飯中学校赴任の経緯44
  5. 第四章渋江の英語教育法49

    1. 第一節明治期の英語読本、昭和中期及び現行の英語教科書に見る英語教育の変遷50
    2. 第二節渋江が学んだ英語55
    3. 第三節森鴎外『渋江抽斎』に見る渋江の英語教育法56
    4. 第四節渋江が関わった英語学校・私塾での英語教育法58
    5. 第五節静岡の各英語学校における英語教育62
    6. 第六節英語教育者、渋江保とその弟子68
    7. 第七節渋江の英語教育法70
  6. 第五章自由民権運動と渋江保の民権思想75

    1. 第一節武田準平と渋江保、三河における自由民権運動76
    2. 第二節加藤幸三郎宛渋江書簡にみる渋江の民権思想79
    3. 第三節函右日報論説『再度ノ喫驚』と渋江の民権思想97
    4. 第四節函右日報論説における渋江保の憲法観101
    5. 第五節東京横浜毎日新聞、東京日日新聞における主権論・普通選挙論争110
    6. 第六節静岡における民権活動113
  7. 第六章『万国戦史』の編纂と渋江の民権思想125

    1. 第一節『万国戦史』の編纂126
    2. 第二節渋江の戦史思想と『万国戦史』の編纂139
    3. 第三節清末に漢訳万国戦史が翻訳出版された背景と『万国戦史』の意義167
  8. 第七章ゴシック文学と渋江思想激変の社会的背景193

    1. 第一節著作の傾向194
    2. 第二節晩年期の渋江思想の激変とその社会的背景202
  9. 第八章渋江の易学思想と最晩年の著作傾向213

    1. 第一節渋江保と根本通明の易学思想214
    2. 第二節出版社「三才社」、「神誠館」と易学書の出版215
    3. 第三節最晩年の著作傾向216
  10. あとがき219

  11. 資料223

    1. (1)渋江保の経歴・著作・社会状況一覧表224
    2. (2)渋江保交友関係一覧表259
    3. (3)渋江保関連著書並びに研究論文一覧(五十音順)260

数字は本書のページです。巻頭に要旨・中国語要旨、巻末に初出誌の一覧があります。

試し読み(「はしがき」より)

渋江保は森鴎外の史伝、『渋江抽斎』の資料提供者である。『渋江抽斎』は史伝の傑作であるが、渋江保の存在なくして『渋江抽斎』はここまで生彩を放つことはなかったであろうと言われている。しかし、渋江は単に森鴎外に資料を提供しただけの人物であったのか。彼個人の評価はどうだったのか。渋江保はこれまで決して高い評価を得ていたわけではない。多くの研究者の渋江像は、教育者、ジャーナリスト、著述家であるが、稲田雅洋は『境創刊号』、「渋江保伝(上)」において、民権運動との関わりをもった人物として以下のように評価している。

「私もまた渋江保を単なる教師・ジャーナリストとしてだけではなく民権運動とかかわりをもった一人の人物としてとらえてみたいと思う。つまり私の関心は、″民権家としての保の活動はどのようなものであったか″というところにあるのである。」

この度、本書を執筆するに当たり、代表作『万国戦史』そのものに焦点を当て『万国戦史』の編纂思想をとおして民権家、渋江保について考えてみたい。

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