序文
開業医は、大学、大病院や研究施設の医師とは異なって臨床が主であり、学術的な研究とは対極的な位置にいる。そのため、自分たちの診療について、ほとんど語ってこなかった。豊富な経験がありながら、その記録はあまり残されていない。
私は昭和50年(1975年)に内科の医院を開業したが、その数年後、英国の開業医ジョン・フライの『プライマリ・ケアとは何か』という著書に出会い、強い衝撃を受けた。そこには、開業医の医療について、開業医でなければ知りえない知識が書かれていた。
その後、日本の医学界でも、プライマリ・ケアの重要性が認識され、主として大学の教職者を中心に、プライマリ・ケアについて多くの論説や解説書が発刊された。しかし、これらはプライマリ・ケアを実践していない人たちの考え方が述べられたもので、プライマリ・ケアを担当している開業医からみると、違和感を抱くことが多い。実際、それらはジョン・フライの主張とは大きく異なっている。甚だしい場合は、プライマリ・ケアに関するWHOのコンサルタントであり、その概念を広めた中心人物であるジョン・フライの名前さえ出てこない著書もある。
このプライマリ・ケア医は日本でいえば‘かかりつけ医’に相当する。したがって、かかりつけ医として診療している開業医は、その経験を記録に残さなければならないと考えて、診療の折々に思いついたことを書き記してきた。そして少しまとまったので刊行することにしたが、出来上がったものは、感想文を集めたもの、すなわちエッセイ集である。
現在の医学では、かかりつけ医は医療技術の進歩に追い付けない2流の医師とみなされているが、これは誤解である。かかりつけ医の医療で重要なものは、病気を治す科学よりも哲学や宗教である。しかし、米国と日本の医療界は、英国とは異なり、後者を認識していない。科学と哲学は医療の二大原則である。その一方が見えない状態は、医療でいえば、視野の半分が認識できない半側視空間失認の患者である。したがって、この病気を治すことのできる‘かかりつけ医’をさがさなければならない。