本の紹介

本書は「Ⅰ 見失われた医師 ―かかりつけ医実践の記録―」と「Ⅱ 見逃されてきた医学 ―“一般内科医”の復権―」の二つからなります(本書5ページ「目次」)。Ⅰは、かかりつけ医として診療の折々に気付いたことを記した短文を集めたもの。Ⅱは四つの部で、一般医とはどのような医師かを考え、一般内科医の復権を目指します。

巻頭の私信

腕利きの大工がひとり精魂を込めて作り上げた建物(堂宇)をみるようです。たのしく医学総論が学べました。ありがとうございます。さて、本道内科を復権するのにどんな扁額を掲げるのか。

元名古屋大学医学部教授の中島伸夫氏から著者への私信(2025年3月31日)より。本書の巻頭(3ページ)に掲げられています。

Ⅰの序文試し読み・全文

序文

開業医は、大学、大病院や研究施設の医師とは異なって臨床が主であり、学術的な研究とは対極的な位置にいる。そのため、自分たちの診療について、ほとんど語ってこなかった。豊富な経験がありながら、その記録はあまり残されていない。

私は昭和50年(1975年)に内科の医院を開業したが、その数年後、英国の開業医ジョン・フライの『プライマリ・ケアとは何か』という著書に出会い、強い衝撃を受けた。そこには、開業医の医療について、開業医でなければ知りえない知識が書かれていた。

その後、日本の医学界でも、プライマリ・ケアの重要性が認識され、主として大学の教職者を中心に、プライマリ・ケアについて多くの論説や解説書が発刊された。しかし、これらはプライマリ・ケアを実践していない人たちの考え方が述べられたもので、プライマリ・ケアを担当している開業医からみると、違和感を抱くことが多い。実際、それらはジョン・フライの主張とは大きく異なっている。甚だしい場合は、プライマリ・ケアに関するWHOのコンサルタントであり、その概念を広めた中心人物であるジョン・フライの名前さえ出てこない著書もある。

このプライマリ・ケア医は日本でいえば‘かかりつけ医’に相当する。したがって、かかりつけ医として診療している開業医は、その経験を記録に残さなければならないと考えて、診療の折々に思いついたことを書き記してきた。そして少しまとまったので刊行することにしたが、出来上がったものは、感想文を集めたもの、すなわちエッセイ集である。

現在の医学では、かかりつけ医は医療技術の進歩に追い付けない2流の医師とみなされているが、これは誤解である。かかりつけ医の医療で重要なものは、病気を治す科学よりも哲学や宗教である。しかし、米国と日本の医療界は、英国とは異なり、後者を認識していない。科学と哲学は医療の二大原則である。その一方が見えない状態は、医療でいえば、視野の半分が認識できない半側視空間失認の患者である。したがって、この病気を治すことのできる‘かかりつけ医’をさがさなければならない。

「Ⅰ 見失われた医師」の序文(本書9〜10ページ)の全文(渡辺元雄)

目次と各部の内容

部の題・節の題・ページは本書の目次のとおりです。Ⅱの第1部〜第3部は本書に細かい目次がないため、本文の見出しを並べました。

Ⅰ見失われた医師―かかりつけ医実践の記録―7〜125ページ

本書は、私が、非専門・非治療・祈りをキーワードにして、かかりつけ医の医療について、診療の折々に気付いたことを記した短文を集めたものである。

「新旧ふたつの医学」(本書20ページ)より
書店の棚に並んだ『見失われた医師』本書のⅠに収めた『見失われた医師』(2022年刊)が、MARUZEN&ジュンク堂書店 梅田店(大阪)の「医療制度」の棚に並んだときの写真です(著者提供)。
「医療制度」の札が掛かった書店の棚の全体。棚の中央に『見失われた医師』が表紙を見せて並んでいる

「医療制度」の棚の全体。『見失われた医師』は棚の中央に、表紙を見せて並んでいます

「医療制度」の札と、表紙を見せて並ぶ『見失われた医師』を大きく写した部分

『見失われた医師』のところを切り抜いたもの

序文(9ページ)

第1部見失われた医師と医学13ページ〜

この部に集めたエッセイの視点は「医療とは何か」という問いだ、と概要にあります。20世紀後半の医療技術の進歩が医学の専門化・細分化を促し、すべての医師が専門医になった。専門医ではない“かかりつけ医”の比較的広い視野で日本の医療全体を眺めると、見失われている医師や医学が見えてきた——。抗菌剤の出現の前後で医学が大きく変わったこと(ルイス・トマス)や、現代の医学を支配する機械論的医療観についても論じます。

概要(本書13ページ)・本文(14〜16ページ)より

目次

  1. 1非専門医-見失われた医師-13ページ
  2. 2新旧ふたつの医学16ページ
  3. 3非専門医を目指す21ページ
  4. 4診断と治療29ページ
  5. 5機械論的医療観33ページ

第2部非治療の医学①-自然治癒と非治療-39ページ〜

第2部と第3部で扱うのは、見失われた非専門医の医学、「非治療の医学」です。著者によれば、この医学は医学が内科・外科に分かれる以前からのもので、医学が内科と外科でできていると考えると見失われてしまう。第2部では、自然治癒や、ジョン・フライが「治療をしないという決定は、治療をするという決定と同様に重要」と言っていること、死に臨む場面での非治療などを、著者が診療で出会った患者の例とともに考えます。

概要(本書39ページ)・本文(48・52ページ)より

目次

  1. 6内科の標榜で学んだこと39ページ
  2. 7自然治癒41ページ
  3. 8良性発作性頭位めまい45ページ
  4. 9ジョン・フライにみる非治療48ページ
  5. 10死における非治療52ページ
  6. 11胃瘻で迷う57ページ
  7. 12非治療における診断61ページ

第3部非治療の医学②-病人をみる医学-65ページ〜

医療技術の限界を超えた領域では、医師にできることは患者の心の支えになることしかない——。半世紀近くかかりつけ医として診療するなかで出会った、患者の心への対応に参考になる文章や言葉と、そのときの感想を書き留めた短文を集めています。キルケゴールの『死にいたる病』、オスラーの講演集『平静の心』、ルイス・トマスの『古典的職業としての医学』などが取り上げられます。

概要(本書65ページ)より

目次

  1. 13人間の精神の解剖学65ページ
  2. 14Standing by68ページ
  3. 15魂と精神71ページ
  4. 16尊厳を守る73ページ
  5. 17神という言葉76ページ
  6. 18医学におけるアート78ページ

第4部各国の取り組み81ページ〜

英国のプライマリ・ケア医、米国の家庭医、そして米国の家庭医をモデルとする日本プライマリ・ケア連合学会。著者は、英国では見失われた医師や医学が明確に認識されているのに対し、米国と日本ではそれが認識されず、英国のプライマリ・ケアが誤って解釈されていると指摘し、その差は医療哲学の有無だと述べます。

概要(本書81ページ)より

目次

  1. 19米国の家庭医療学82ページ
  2. 20日本プライマリ・ケア連合学会の矛盾85ページ
  3. 21日野原先生のプライマリ・ケア医学88ページ
  4. 22英国の医学の哲学的基盤91ページ

第5部内科学教室の復権95ページ〜

20世紀前半まで、内科の開業医は大学の内科学教室で養成され、そこにはフーフェランドに代表されるドイツの医療哲学があった。その哲学は、20世紀後半に内科学教室が解体されると同時に見失われた——と著者は述べます。「内科」という言葉の二つの意味(medicine の訳語と internal medicine の訳語)をたどり、書名と同じ「本道内科(primary medicine)」という言葉を提案するのもこの部です。

概要(本書95〜96ページ)・「内科の用語について」(111ページ)より

目次

  1. 23医療哲学の再建96ページ
  2. 24フーフェランドからオスラーへ102ページ
  3. 25内科の用語について105ページ
  4. 26世界各国の内科学会の名称112ページ
  5. 27かかりつけ医とプライマリ・ケアの用語について113ページ

第6部総括119ページ〜

医学部に入ったときに目指した内科医の背中が、半世紀以上を経てやっと見えるようになってきた——。著者が自らの歩みを振り返る「振り返って」と、Ⅰで引用した文献の一覧です。

「振り返って」(本書121ページ)より

目次

  1. 28振り返って119ページ
  2. 29文献123ページ

謝辞(125ページ)

Ⅱ見逃されてきた医学―“一般内科医”の復権―127〜288ページ

第1部かかりつけ医の独り言―理想のかかりつけ医を求めて―131ページ〜

「20世紀に、普通の医師が見失われた」——序文はこう始まります。見失われたのは従来一般医と呼ばれていた医師で、日本でいえば一般内科医。英国の一般医(GP)ジョン・フライと、ルイス・トマスの著書の記述を引きながら、普通の医師がどのような医師かを説明します。18「ジョン・フライ語録」では、『A New Approach to Medicine』(日野原重明・紀伊国献三訳『プライマリ・ケアとは何か』)から、著者が注目する文言を抜粋しています。

序文(本書133ページ)・「ジョン・フライ語録」(165〜166ページ)より

本文の見出し

  1. 序文133ページ
  2. 1プライマリ・ケアの定義134ページ
  3. 2医学総論・内科学総論136ページ
  4. 3重症かどうかの判断139ページ
  5. 4内科の用語に潜む仮説140ページ
  6. 5内科の用語の歴史141ページ
  7. 6日本での内科(医学)の用語の消滅143ページ
  8. 7本道と外科144ページ
  9. 8医療における格言145ページ
  10. 9医療における哲学146ページ
  11. 10診察室は祈りの場147ページ
  12. 11高血圧症の治療149ページ
  13. 12医療技術への過信150ページ
  14. 13四個の同義語153ページ
  15. 14米国家庭医療学の誤謬154ページ
  16. 15健康であることの不思議さ156ページ
  17. 16Standing by158ページ
  18. 17General practice164ページ
  19. 18ジョン・フライ語録165ページ
  20. 結び172ページ

第2部見逃されてきた医学―神 西洋医学の礎石―175ページ〜

「赤道は存在するのか」——。目には見えなくても、存在すると考えれば正確な地図が作れる赤道のように、医療にも存在すると考えると有益なものがある、それは神である、と序文は述べます。内科の概念の変遷を分析することで、医療の正確な地図を描こうとする論考です。「内科」と internal medicine という言葉の起源をたどり、付録では医学の概念の変遷を図で示しています。

序文(本書177〜178ページ)より

本文の見出し

  1. 序文177ページ
  2. 1Internal medicineの用語の起源179ページ
  3. 2杉田玄白のころのSurgeryの地位179ページ
  4. 3内科の用語の起源180ページ
  5. 4外科医(surgeon)の視点・内科医(physician)の視点180ページ
  6. 結び188ページ
  7. 付1医学の概念の変遷190ページ
  8. 付2世界各国の内科学会の名称193ページ

第3部かかりつけ医との対話―医療における自己決定権―195ページ〜

医師向けだった『見失われた医師』を、患者さんにわかりやすいように書き直したもの、と序文にあります。正確な情報に基づいて、自分の病気について自己決定してもらうためです。かかりつけ医の「やぶ」と、80歳の「木村さん」の対話の形で、自己決定権、新しい医学と旧い医学、フーフェランドの医戒、「やぶ医は名医」などを語り合います。

序文(本書197ページ)・本文(199ページ)より

本文の見出し

  1. 序文197ページ
  2. 1かかりつけ医の診察室199ページ
  3. 2自己決定権200ページ
  4. 3高血圧症にみる自己決定権202ページ
  5. 4自然治癒と自己決定権206ページ
  6. 5フーフェランドの医戒208ページ
  7. 6新しい医学と旧い医学210ページ
  8. 7人間機械論212ページ
  9. 8かかりつけ医は哲学者215ページ
  10. 9結局は人間性217ページ
  11. 10認知症のくすり218ページ
  12. 11神様へのレポート220ページ
  13. 12眠りは死の練習222ページ
  14. 13やぶ医は名医224ページ
  15. 14視点を替える225ページ
  16. 15見えないギプス227ページ
  17. 16死んでからも忙しい229ページ
  18. 17魂科230ページ
  19. 18歎異抄232ページ
  20. 19お坊さん233ページ
  21. 20専門化の徹底235ページ
  22. 21総合診療医237ページ
  23. 22見失われた医師239ページ
  24. 23行き詰まった現代医学241ページ
  25. 24宗教とは何か243ページ
  26. 25落ちこぼれ医師245ページ
  27. 26あの世はあるか248ページ
  28. 27ふたりの自分251ページ
  29. 28異なった職種252ページ
  30. 29専門医と非専門医の連携256ページ

第4部一般内科医の復権を目指して―“一般医”とはどのような医師か―259ページ〜

本書のテーマ「一般内科医の復権」を正面から論じる部です。序文は、医師の全員が専門医になる現代の医学には「責任という言葉が完全に欠落している」と指摘します。第1章で半世紀前まで存在した一般内科医と一般医の専門性を、第2章でデカルトの哲学と心身二元論を論じ、第3章では、内科の開業医は日本臨床内科医会の専門医ではなく一般内科医を目指すべきだと提言します。

序文(本書261ページ)・第3章(282ページ)より

トップページ「本書のテーマ」で、この部の言葉を紹介しています →

目次

  1. 序文261ページ
  2. 第1章一般医とはどのような医師か263ページ
  3. 【1】半世紀前まで存在した一般内科医263ページ
  4. 【2】総合診療専門医と米国の家庭医療学265ページ
  5. 【3】ジョン・フライの定義における一般医の専門性267ページ
  6. 【4】日野原先生の誤謬268ページ
  7. 【5】原初からの医学の科学的な分析270ページ
  8. 【6】自然治癒という言葉272ページ
  9. 第2章心優位の心身二元論とデカルトの哲学273ページ
  10. 【7】デカルトの哲学とその問題点273ページ
  11. 【8】現代医学の現状276ページ
  12. 【9】心優位の心身二元論278ページ
  13. 【10】デカルトの哲学-身優位の二元論280ページ
  14. 第3章臨床内科医会への提言280ページ
  15. 結語283ページ
  16. 文献リスト286ページ

謝辞(287ページ)・著者略歴(288ページ)