本の紹介
内容紹介
人は不幸な人を踏みつけて上に登らないと生きていけないのか―。
肌が浅黒く自分に自信のない海松は、ある日出会った時人に、自分の肌の色を『赤朽葉色』と言われ、短歌を詠んでもらう。『赤朽葉 君を染めるる 肌の色 白き花持ち 君へ添えたる』
時人の婚約者になった海松は、時人の実家の京都で季節の行事をこなしていくようにと時人の母の初柄に言われる。
お彼岸のお萩のあんこ作りから、十三夜の月、流しびななど、季節の行事をおぼつかないながらもこなしていく海松。
最初は時人のことが好きでなかった海松だったが、海松のことを想って短歌を詠んでくれる時人に次第に心惹かれていく……。
時人は海松に会って四日目でなぜ海松を婚約者と決めたのか。『人間嫌いの時人様』とは何か。そして時人の悩みとは?
日本の四季折々の行事と短歌が彩る恋物語。
この本のこと
登場人物
大葉海松おおば みる
東京の歓楽街のバーで「ヴィオラ」と名乗って働くホステス。二十三歳。浅黒い肌の色と自分の顔に自信がない。
古沢時人ふるさわ ときひと
白いスーツの男前。三十歳。京都で千年以上続く元公家の家の長男で、跡継ぎ。海松を「すみれちゃん」「赤朽葉の君」と呼び、短歌を詠む。
古沢初柄はつえ
時人の母。厳しい人。元公家の家の人間として、海松に季節の行事を一つずつ教える。
古沢時房ときふさ
時人の父で、古沢家の現当主。時人の詠む短歌には手厳しい。
坪石つぼいし
時人の世話係で、車の運転手。海松の世話係にもなる。
梅垣竹夫・梅垣歌代うめがき たけお・かよ
菊の節句で短歌を詠む、元公家の家の弟と姉。竹夫は時人のことを「人間嫌いの時人様」と言う。
作中の短歌
物語の中で詠まれる短歌から。
赤朽葉 君を染めるる 肌の色 白き花持ち 君へ添えたる
古沢時人
東京のバーで、海松の耳元に白い百合をさして本書 14ページ
ススキの穂 風に揺られて 頬を打つ 空の狭間を 我歩きたる
梅垣竹夫
菊の節句で本書 103ページ
白菊は 水面に浮かぶ 鳥に似て 我の心も 流れに流れ
梅垣歌代
菊の節句で本書 104ページ
月影に 風になびくは 君の髪 光を帯びて 天女のよう
古沢時人
十三夜の月見で本書 119ページ
時人が口ずさむ昔の歌
君がため 春の野に出でて 若菜摘む わがころもでに 雪は降りつつ
光孝天皇(古今和歌集)
『君のために春の野原に行って、食べられる葉っぱを摘んでいる。私の着物の袖に雪は降っている』
七草がゆの夕食で。意味は本書の時人のことばから本書 158ページ
東風吹かば にほひおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ
菅原道真
『春が来て東風が吹いたら、梅の花よ、咲いてその匂いを私のところまで届けてくれ。私がいなくても春を忘れてはならないよ』
梅花祭の日に。意味は本書の時人のことばから本書 165ページ
季節の行事
海松が京都の屋敷で迎える、季節の行事とできごと。数字は本書のページです。
秋
9月20日〜26日
秋のお彼岸86
時人の母に教わり、小豆を煮るところからお萩を作る。仏壇に供えて、家族でいただく。
旧暦9月9日(10月16日)
菊の節句101
元公家の人々が古沢家の大広間に集い、菊の花を浮かべた杯を手に、短歌を詠む。
旧暦9月13日(10月20日)
十三夜の月117
栗と大豆を三宝に載せて神棚に供え、庭で月を待つ。栗名月、豆名月とも。
11月
紅葉と神無月122
近所の氏神様の神社へ。地面に散り敷いた色とりどりの落ち葉を眺める。
冬
12月13日
すす払いと松採り139
年神様を迎える準備の日。部屋を掃除し、古沢家の山で門松にする松を自分で切る。
12月21日
冬至142
一年で夜が一番長い日。海松が、かぼちゃの煮物を作る。
1月1日〜3日
お正月145
お雑煮とおせち料理。集まる親戚の人々を、時人と二人で玄関に立って迎える。
1月7日
七草がゆ157
せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろの七草のおかゆ。
1月16日〜
松の内が明けて159
飾っていた門松の松を、雪の積もった山の、元の場所へ返しに行く。
2月3日
節分163
玄関で「鬼は外」「福は内」の豆まき。数え歳の数だけ豆を食べる。
春
2月25日
梅花祭165
北野天満宮の梅花祭の日。菅原道真の歌の話を聞き、庭の白い梅の花を見る。
旧暦3月3日(4月10日)
流しびな167
おひな様とおだいり様のひとがたに災いを移し、家の前の小川に流す。桜と菜の花が満開。
夏
梅雨のころ
ホタル170
晴れた夜、屋敷の前の小川へホタルを見に行く。
夏
茅の輪くぐり173
神社で、名前と数え歳を書いた紙で体をなで、茅の輪をくぐって夏の厄ばらいをする。
挿絵
本書の挿絵から、物語のはじめの方の場面を選びました。画像を押すと大きく表示します。








試し読み
物語のはじまり本書 5ページより
縦書きです。右から左へお読みください(枠に収まらないときは、枠の中を左へスクロールできます)。
ダリアが「ひまならバーの外で客引きをしてきなさいよ」と言ったので、私は外に出て客引きをしていた。東京の歓楽街は、色んな人が行き来していた。派手な化粧をした女の人や、おじさん、若い男などがこちらを見もせずに通りすぎて行く。高いビルの中では沈みゆく夕日も見えず、上を見上げると橙色の空と灰色のもやもやとした雲だけがあった。
私は、バーではホステスとして働いていて、ヴィオラと名乗っている。同じバーで働く人気ホステスの金髪美人のローズや和風美人のダリアと私は違って、私に人気はない。私は、目は大きくはなくつり目がちで、肌の色は日に焼けているというわけでもないのに浅黒く、桜色のカクテルドレスを着ていたが、似合っていないのは自分でも分かっていた。髪は黒く、胸の下までの長さにまっすぐ伸ばしていた。私に客引きはむりかな、と思い、バーに入ろうとバーの扉の取っ手に手をかけた時、後ろから低い声が聞こえた。
「そこの桜色のドレスの子、こんな街にいたら危ないよ」
私は振り返った。背の高い男の人が私を見ている。男の人は心配そうに私に手を伸ばした。
「ほら、駅まで案内してあげるから。君は家に帰りなさい。こんなドレスを着ていたら、どんな男に狙われるか分からないよ」
(つづきは本書で)
赤朽葉の色本書 12〜14ページより
縦書きです。右から左へお読みください(枠に収まらないときは、枠の中を左へスクロールできます)。
時人さんは何も言わず、グラスを手に取った。グラスの中の透き通った黄色の酒を何となく見ているようだった。時人さんはお酒を一口だけ飲んで、私の方を向いた。私はお酒を飲みながら、また緊張してぎこちなくグラスを机の上に置いた。
「すみれちゃんの肌の色は赤朽葉の色だね。渋い橙色のような色だよ」
「あかくちば? って何です?」
私がきくと、時人さんはレモンカクテルを一口飲んでから、納得したように一人うなずいた。
「『朽葉色』っていうのは、秋になって木々の葉が紅葉して落ち葉になるまでの色のことだよ。その朽葉色の赤っぽいのが赤朽葉の色。日本の昔の色の名前だよ」
むずかしい話だ。とりあえず、私の肌の色は赤茶っぽい落ち葉の色ってことかな。私は自分の頬を右手で触った。まあ、確かに言われてみれば、そんな色かもしれない。
時人さんは机の上にあるガラスでできた花瓶に飾られていた百合の花を一本だけ手に取った。水に浸かっていた、ぬれている茎の部分をポキッと折って、その茎だけ花瓶に戻した。百合の花びらがふさふさと揺れた。時人さんは手を伸ばして、机の向かいにいる私の耳元にその白い百合をさしこんだ。百合の強い匂いがする。私はびっくりして、頬を触っていた手を動かして百合の花に触れた。
「時人さん、何ですか?」
「白い色なら似合うんじゃない?」
「え?」
「すみれちゃんの肌の色には白い服が似合うんじゃないかなと思ったんだよ。ほら、百合がよく似合ってる」
私はよく分からないまま、「はあ……」と言ってうなずいた。時人さんは私の顔をのぞきこむ。
「赤朽葉 君を染めるる 肌の色 白き花持ち 君へ添えたる」
私はお酒を飲むのも忘れて、時人さんを目をしばたたかせながら見た。時人さんははにかむ。私から視線をそらして、レモンカクテルを時人さんは口に含んだ。のどぼとけが動く。
「……君、すみれちゃんを想って作った俺の短歌だよ。覚えておいてくれるとうれしいな」
え? 短歌? 確かにさっきの時人さんの言葉を思い返してみると、五七五七七の短歌になっている。
(つづきは本書で)