本の紹介
内容紹介
ちょっと昔 都会近くの山の中に小さな駅があった
いまとなっては少し懐かしいあの時代。都会の近くの山の中にちんまりとした駅があった。なにもないような駅だが、そこにはそこに息づく人の営みが日々重ねられていた。通過する電車、機関車、それを迎え、送る人と自然が織りなす物がたり。
出版社の内容紹介より
この本のこと
登場人物
春の章に登場する人たちです。
佐々木守氏沢畑駅の駅員
四十数年の駅員生活ののち、委託駅に駅員を派遣する関連会社に再雇用され、ある年の春、沢畑駅にたった一人で勤めることになりました。故郷は瀬戸内海の沿岸。首都圏で四十年以上暮らしても、郷里の言葉で話します。毛筆が特技で、ヘビのたぐいが大嫌い。
本書 4〜5・13・17ページ
山本駅長隣の三嶽駅の駅長
沢畑駅を管理する三嶽駅の駅長。都会の大駅の首席助役を務めたあと、佐々木氏と同じ春に着任しました。朝、管理している駅を順に回るのが日課です。
本書 6〜7ページ
宮崎さん夫婦駅前の宮崎商店
駅のまん前に一軒だけある、茶店兼みやげもの店兼雑貨店の老夫婦。もとは東京の方です。奥さんは千代子さん。佐々木氏は、なにかと行き来しています。
本書 8〜9・11ページ
山垣さん駅の下の屋敷
駅のすぐ下に構える広壮な屋敷の当主で、地元の町長。駅を作った鉄道の、元社長の子孫です。
本書 3ページ
原島くん三嶽駅の若手
地元出身の入社五年の若手。車掌見習いの試験に受かりました。休日には助勤に来る、頼もしい助っ人です。
本書 9・24ページ
岩槻くん若い車掌
一年前に車掌になったばかり。この線の終点をさらにさかのぼった、隣県の町の生まれです。
本書 6ページ
本作に登場する人物名や企業・団体名などは、すべて架空のものです(本書の注記より)。
各話の題名
本書の見出しから、章と各話の題名を並べました。数字は本書のページです。
サハヱ2ページ
春の章
- 第一話芽吹きの季節4ページ
- 第二話駅長さん11ページ
- 第三話マムシ騒動14ページ
- 第四話百八十円23ページ
- 第五話機関士30ページ
- 第六話権兵衛さん41ページ
夏の章
- 第一話雨漏り事件48ページ
- 第二話七月の槍59ページ
- 第三話鉄道マニア68ページ
- 第四話星空観望会76ページ
- 第五話ガラスの風鈴85ページ
秋の章
- 第一話台風92ページ
- 第二話中秋の名月102ページ
- 第三話クマ対策110ページ
- 第四話秋の花粉症117ページ
- 第五話不審害獣現る?124ページ
- 第六話マタギ助役130ページ
- 第七話きのこ鍋134ページ
冬の章
- 第一話終夜運転143ページ
- 第二話二年目の計画149ページ
- 第三話猫駅長156ページ
- 第四話地元の迷士162ページ
- 第五話時給百円169ページ
- 第六話爆弾低気圧襲来175ページ
- 第七話野良犬186ページ
別談サハヱの四季(おまけ)
- 第一話ネズミ退治198ページ
- 第二話猫兄弟204ページ
あとがき213ページ
試し読み
春の章 第一話「芽吹きの季節」の書き出しです(本書 4〜6ページ)。
縦書きです。右から左へお読みください(枠に収まらないときは、枠の中を左へスクロールできます)。
春の章
第一話 芽吹きの季節
その駅に佐々木守氏が赴任してきたのはある年の春のことであった。四十数年の駅員生活をつつがなく勤めた後、その鉄道の打ち続く合理化にもうまく生き残り、そして何年かの助役勤務をお土産に退職し、小規模な委託駅に駅員を派遣する関連会社に再雇用されたのであった。
佐々木氏の若い時分であれば、もうとっくに定年退職となり、年金生活に入る年齢なのであるが、いつのまにやら定年が延長されてしまった。年金の支給開始年齢引き上げとやらが原因で、つまりはそこまで働かねば生活できないということなのであった。そういうわけで、佐々木氏は悠々自適の生活を先延ばしして、こうして第二の、というより第一半の人生を山間の小駅にたった一人で過ごすこととなったのであった。
こうした生活を、佐々木氏はしかし決して悔やんだり鬱陶しく感じたりしているわけではない。むしろ都会で再就職して、慣れない環境で神経をすり減らしているより、よほど良いと少なからず喜んでいるのである。それに山の中腹にあるこの駅からの眺めが、彼の故郷である瀬戸内海沿岸の眺めとよく似ていることが大いに気に入っているのであった。遠くの山並みとの間の、この地方で唯一の大河川である多波川を中心とした谷に、その川から発する霧が積み重なって、まるで海水を張ったようになると、それはまったく瀬戸内の景色と見まごうばかりなのであった。
「ああ、ええのぉ」
いましも佐々木氏は、ホームの上からその山並みを眺めて郷里の言葉で感嘆の声をあげた。もう四十年以上も首都圏で暮らしているのに、彼の熱烈な郷土愛が、彼の口から郷里の言葉を失わせないのである。
空は晴れ、微風がそよいで谷には霧はないのであるが、それはそれなりに美しい山里の景色なのであった。どこかでウグイスが鳴いている。梅の花の香りがほのかに漂ってくる。じきに桜も咲くだろう。山の遅い春もようやく本格化するころとなっていた。
「お、時間じゃ。こうしちゃおられん」
佐々木氏はあわてて制帽をかぶり直すと威儀を正して下り方に向いて直立した。ほどなく警笛が響いて急な山すそのカーブに車体を傾けてゆっくり電車が入ってきた。
「沢畑~沢畑~。まもなくドアが閉まりま~す」
ガラ空きの車内と、人一人いないホームに声を張り上げると、佐々木氏は手元にたたんだフライ旗と呼ばれる赤の手旗を上げた。かすかな圧縮空気の音とともにドアが閉まり、電車が発車した。
(つづきは本書で)
あとがきから
本作は、長いことわたしの脳内に滞留していた妄想を言葉に表してみたものです。
六十年以上にわたって鉄道趣味に親しんできたわたしの頭の中には「趣味的鉄道風景」とでもいうようなものが展開し、「こんな世界があったらどんなにか楽しかろう」という夢物語が常に存在しておりました。
あとがき 本書 213ページより